SERENDIPでは、『プロ野球「熱狂」の経営科学』(東京大学出版会、2016年8月刊)のダイジェストを10月5日に配信しました。(SERENDIP会員の方はこちらからダイジェストをご覧いただけます)

 北海道日本ハムファイターズが日本一となり終幕となった今年のプロ野球界。そのほかの大きな話題といえば、何といっても広島東洋カープの大躍進といえるでしょう。25年ぶりにリーグ優勝を果たし、クライマックスシリーズ(CS)も制覇、日本シリーズへの出場権を獲得しました。シリーズ第5戦で敗れ、2勝4敗で日本一は逃したものの、その戦いぶりは、マツダスタジアムを真っ赤に染めた熱狂的なファンたちの姿とともに、鮮烈な印象を残しました。熱烈な若い女性ファンたちが「カープ女子」と呼ばれ、流行語のようになったのも記憶に新しいところです。

 『プロ野球「熱狂」の経営科学』(東京大学出版会)は、そんなカープファンをはじめとする野球ファンたちの「熱狂」に、学術的にアプローチした一冊です。大の野球ファンでもある大学教授たちが、各々の専門領域であるマーケティングや心理学の手法を用いて“人がプロ野球に熱狂する理由”を分析。さらに、たくさんの人々が熱狂する強いチームをつくる球団経営戦略についても論じています。

 編著者の一人である明治大学商学部の水野誠教授(広島ファン)は、フランスの社会学者ロジェ・カイヨワが著書『遊びと人間』で示した「遊び」の4要素をもとに野球ファンたちの心理を分析しています。

 カイヨワは、「遊び」には「アゴン(競争)」「アレア(運)」「ミミクリ(模擬)」「イリンクス(めまい)」の四つの要素があるといいます。

 水野教授らは野球ファンたちにアンケートを実施。その回答内容を分析し、球団ごとのファンの「野球の楽しみ方」の傾向を探りました。その結果の一つとして、カープファンが「イリンクス」を重視する傾向があることがわかりました。

 カイヨワのいうイリンクスとは、たとえば登山やスキーなどでの「楽しみ」の要素にあたります。激しく体を動かしたり、高低差からくる「めまい」を起こすほどの興奮を楽しむということです。水野教授は、野球観戦では、観客席での応援行動からくる熱狂と興奮がイリンクスにあたるのではないか、という仮説を立てています。

 選手の登場時に応援歌をトランペットで演奏する、7回にいっせいに風船を飛ばすといった、今では他球団で当たり前のように行われる応援は、もとはといえばカープファンが始めたそうです。それだけでなくカープファンは、スクワット応援という、立ったり座ったりをすばやく繰り返す、激しい運動を伴う独特な応援をします。単に試合を観て勝敗や選手のプレーを楽しむだけでなく、自分も体を動かし、声を張り上げる。そのことからくる興奮や熱狂は、登山やスキーなどと同じ種類のものである、ということです。

 ところで本書は、まだカープがまだ「弱い」とみなされていた、2016年シーズン前に書かれたものです。なので、こうした分析も「弱いカープ」を前提としています。「カープは勝てないのに、なぜファンは熱狂しているのか。それは応援を楽しんでいるからだ」という論理で上記の仮説が立てられています。カープが強くなった今では、ファンの熱狂の理由も変わってきているのかもしれません。